2013年11月16日土曜日

薬ネット販売解禁の裏側にあるもの 〜薬事法改正案を閣議決定〜  

ニュース概要

 政府は11月12日、一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売で、一部品目を規制する薬事法改正案を閣議決定した。副作用の強い等の一部の薬を除き、99.8%の大衆薬のネット販売が解禁になることが決まった。なお、病院で処方される処方薬は未だネット販売されない見込み。


このニュースの背景(Why?)



背景1:国の経済成長戦略

 薬のネット販売は、安倍政権における成長戦略において非常に重要な位置づけとなっている。安倍首相は、2013年6月にまとめた「骨太の方針」に関する議論の中で、健康・医療、エネルギー、新規ビジネスの創出などの分野について、規制改革を行っていくことを示しており、その中で医薬品のネット販売解禁は一丁目一番地とされていた。

成長とは何か  
 なぜ成長戦略として薬のネット販売を解禁するかを説明する前に、触れるべき事は、「そもそも成長とは何か」ということだ。少なくとも安倍政権にとっての成長とは「経済的な成長」以外の何者でもない。経済を成長(活性化)させるためには、ともかくお金の流れをよくすることが第一に必要である(反対に“金の流れが悪い”とは、せっかく稼いでも貯金などにより使用しないこと)。具体的には、①企業が儲かる、②消費者がお金を使う、という2点を促進する事である。

誰が何の得をするのか  
 今まで薬局でしか販売されてこなかった医薬品がインターネットという販売手段を得る事は、①製薬会社並びに楽天等のネット企業は新しい販売チャネルおよび商品を得、②消費者はより薬という商品を簡易に購入することができ、購買活動を刺激する事が可能となる。







背景2:国の社会保障費の拡大

 以前の記事でも触れたが、日本は社会保障費の拡大により、「治療型」の医療から「予防型」の医療への転換を図っていると述べた。今回の規制緩和も国の医療費負担を軽減するという目論みが存在すると思われる。詳しくは以下のSo What ?の節で述べる。


背景3:社会情勢の変化

 今回の規制緩和を強くプッシュした楽天等のネット企業は、今後、医薬品ネット販売のニーズが高まる風潮を見越しているのだろう。例えば、少子高齢化が進む中で、家から出ずに薬を買いたいという高齢者の一定の需要は存在すると思われる。実際、“シニアマーケティング”としてワタミの宅配弁当をはじめ、様々な“宅配”サービスが増加している事と、薬のネット販売は無関係ではないだろう。

 同様に、安倍政権でも重要な戦略の一つとして掲げている“女性の社会進出促進”に伴い、働く女性が増えることで、買い物の負担をより軽減したいという需要が増える事が予想される。


背景4:医療大国を目指すための戦略

 安倍政権では、2013年6月に公表された政府の「日本再興戦略」には、「再生医療製品等を世界に先駆けて開発し、素早い承認を経て導入し、同時に世界に輸出する」事が掲げられている。京都大学の山中教授がノーベル賞を受賞したiPS細胞を始め、日本には優れた医療技術があるにもかかわらず、臨床試験等の規制が非常に厳しく、他国と比べ実用化に長い時間がかかる事が問題となっている。

 そのネックとなる法律が、今回の医薬品ネット販売について定めている「薬事法」である。国は、2030年に約1兆円と予想される再生医療市場において日本が優位に立てるよう、この薬事法の緩和に全力を注いでいる最中であり、薬のネット販売解禁はその影響も受けていると考えられる。


ニュース詳細↓

日本経済新聞(2013年11月13日)
http://www.nikkei.com/article/DGKDASGC12012_S3A111C1PP8000/



このニュースが意味するもの(So What?)



処方箋もネット販売解禁か

 今回の規制緩和では、大衆向けの医薬品のみのネット販売解禁であったが、今後処方箋に関する緩和も少しずつ議論が進められるだろう。海外をみると、米国や英国、ドイツなどは既にネット販売が認められている。米国では主治医から薬局に処方箋をメールなどで送り、そこから薬が届く仕組みがある。

 薬を処方してもらうためだけに病院で長時間待つ煩雑さがなくなるほか、過度に病院に出向くことが減れば、医療費の削減にもつながるため、社会保障費の増大に悩む我が国では、大衆薬に続く処方箋のネット販売解禁は重要な可能性を秘めている。
 

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ネットの台頭と薬剤師の危機

 今回の規制緩和で決して見逃せないのが、情報提供手段としてのネットのポジションである。これまで「対面」による情報提供(実際説明を受けない場合も多いが…)を義務づけられていた医薬品が、インターネット上の文面だけで対面と同じレベルの情報提供と同義とされることは、ネットの社会的ポジションがこれまでより一段上がったと言っても過言ではない。

 これを恐れていたのは薬剤師連盟であった。現在の医療の現場では、薬の処方を決めるのは医師で、それを薬局で購入するときに情報提供を行うのが薬剤師である。もし薬を買う際に、ネット上に記載された情報だけで良いということを、国が認めてしまったとすれば、薬剤師に取っては「あなた方は要りません」と宣告されたことを意味する。

 実際、薬のネット販売の議論で最も反対を強く表明していたのは薬剤師連盟であり、経済評論家の池田信夫氏のブログによると、反対派の議員連盟に対して薬剤師連盟が3年間で14億円の政治献金(ロビー活動)を行っていたと言われている。氏の言葉を借りるならば、“ロビー活動は生産性の低い業界ほど強い”のだ。

池田信夫blog
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51877418.html

 したがって、今回のニュースは薬剤師市場、さらには大学の薬学部のあり方にも影響を及ぼしていくことが予想される。



2013年11月3日日曜日

ウイグル族の天安門突入事故から読み解く中国の宗教思想  

ニュース概要

 10月31日に、北京の天安門の前に車が突っ込み、巻き込まれた42人が死傷した。中国の警察当局はウイグル独立派組織による組織的なテロだと断定し、容疑者5人を拘束したと発表した。



このニュースの背景(Why?)

 11月9日から開催される、中国の中長期方針を決める共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)を前に、ウイグル族による開催地での暴動は、習政権に大きな衝撃を与えた。中国政府はさらなるウイグル族への取り締まり強化を宣言しているが、本稿では、そもそもなぜウイグル族と中国政府が喧嘩しているのかについて触れてみたい。



背景1:ウイグル族による独立問題 〜中国政府による宗教弾圧〜

  新疆ウイグル自治区は中国の西端に位置し、人口約2000万の半分がイスラム教徒のウイグル族で占められている特殊な地域である。中国が王朝だった時代から独立と従属を繰り返してきている歴史があり、1949年に中国共産党が政権を握ってからは「新疆ウイグル自治区」という名前で完全に併合されている。



図 新疆ウイグル自治区の位置
(引用)The PAGES(11月1日)
http://thepage.jp/detail/20131101-00000002-wordleaf


 中国はの建前上、宗教を否定する社会主義国家(※)なので、イスラム教を信仰するウイグル族の活動について常に監視下に置いている。また、現在中国政府は、新疆ウイグル自治区に大量の漢族を移住させ人口比を逆転させようとしており、政治や経済といった重要な分野では漢人が大きな影響力を持っている。このため一部の住民は中国の統治に対して強く反発し、中国からの分離独立を主張している。

 ウイグル族への圧力は年々強くなる一方で、自治区の治安悪化が問題になっている。一部の報道によると、今の自治区は、礼拝にいくだけで、コーランを持っているだけで、テロリスト扱いされる社会としている。小学校の児童に「ラマダンで断食をしないように」と教え、ウイグル族の学生が鉛筆削り用のナイフを持っているだけで、警察に尋問を受けるらしい。こんな息苦しい社会で暴動が起きない方が不思議である。

※用語:社会主義とは
 社会主義(socialism)とは、「社会の不平等をなくす」ために、私有財産を制限または廃止し、生産手段を(営利目的の)民間企業が持つのではなく、社会(国)が公共のために生産を行う社会を作ろうとする思想または運動のことである。欧米や日本と異なり、市場経済を国家によって統制しようという思想が柱となっている事が大きな特徴で、端的に言えば「大きな政府」を目指す社会である。


(背景1の背景:中国にはなぜ宗教がないのか)

理由1:マルクスによる宗教否定
 前段で、中国は社会主義国家であると述べた。19世紀、社会主義思想の父であるマルクスは、労働者が資本家の搾取によってどれだけ苦しい生活を強いられても、宗教はそれを肯定し、宗教を信じることのみに救いがあるとし、苦しさを精神力で克服させようとしていると分析した。
 その上でマルクスは「宗教は精神のアヘンである」と表現し、宗教がある限り、いつまでたっても労働者の苦しい生活は根本的に解決しないとして思想を築いたことが、社会主義国家一般の根本にある。


図 カール・マルクス(1818〜1883)
(引用)Wikipedia


理由2:国家全体の思想統制
 中国に宗教がないもう一つの理由は、社会主義思想および国に対する忠誠的な思想を統一する必要があるためである。

 もし国民が何らかの宗教に忠誠を誓っていた場合、国家への忠誠・思想の統一は難しくなる。なぜなら、宗教にとって国境も国家も必要ないからである。つまり、信者である国民達は、政治に耳を傾けなくても聖典に耳を傾ければよいというスタンスを取る事になる(もし、国自体を宗教で治めようとするのなら、中東の多数の国の様に、大統領の上の最高指導者を宗教指導者とする必要がある)。

 国民の自由を著しく制限する社会主義は、国民全体が同じベクトルを持っていないと実現は不可能であり、中国は教育やインターネットの検閲を含めて思想(愛国心)の統一を図ろうとしている。むしろ、社会主義思想や中国への愛国心自体が宗教のようなものと言えるだろう。

※ただし、同国にも思想集団化していない、いわゆる土着宗教は存在する。例えば、地元の廟などにお参りしたり、旧正月に場所で爆竹で祝うしきたり等は地域によって見られる。つまり、日本のご利益詣出や季節を祝うときのような対象になる神は存在すると言える。


背景2:資源獲得としての支配

 ウイグル自治区は、原油や天然ガスの埋蔵量が非常に豊富であり、中国としては手の内におさめたい重要な土地である。現在、中国石油天然気集団(CNPC)など漢民族が経営トップの国有石油大手が開発に当たっており、これもウイグル族が不満を抱く一因となっている(ウイグルには資源の恩恵が享受できていない)。経済成長で資源が慢性的に不足気味の中国は、エネルギー安全保障の観点からもウイグル族の独立を認めることができない。



ニュース詳細↓ 

日本経済新聞(10月29日) ウイグル族、漢民族支配に反発 天安門突入
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2903Z_Z21C13A0FF2000/

日本経済新聞(11月1日) 中国政府、ウイグル族締め付け 反発強まる可能性も
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM31044_R31C13A0FF2000/



このニュースが意味するもの(So What?)

 ウイグル族の暴動は自治区内では「毎日数十人」が地元公安当局に取り締まられる程に増えている。しかし、中国政府は懐柔策に出るどころか、さらに力でねじ伏せるようなスタンスを強化していくと筆者には思われる。現に政府は今回の事件を「テロ」と認識しているのに加え、中国にとってウイグル族の独立問題は、ウイグル - 中国間だけに留まらないスケールの大きい問題だからだ。

多数の少数勢力との緊張関係  
 中国にはチベットやウイグル等の少数派勢力が数十存在する。もし一つの勢力に妥協したり、独立を認めてしまえば、少数派が一斉に中国政府に反旗を翻す可能性があり、中国はよほどのことがない限り、彼らの独立を認めることはないだろう。

手出しが出来ない米国  
 また、今回の事件で着目すべきは、「世界の警察」として人種問題にうるさい米国が本件に関し、何のコメントもしていないことだ。米国にとって、中国がウイグルを弾圧しているのは知りつつも、ウイグルを支持できないのは、彼らが「イスラム勢力」だからである。「テロとの戦い」と称し、イスラム勢力全体に敵対している米国は、ウイグルを支持すれば国際的な(特に中国から“矛盾”を指摘する)非難を浴びかねない。したがって、国際組織もなかなか口出しが難しく、そうなれば中国は強攻策を緩める可能性は高くないだろう。

中東のイスラム勢力との協力に対する懸念  
 最後に、イスラム勢力であるウイグルは、中東の過激派勢力とも今後つながる(既につながっている)可能性がある。もしそのような強力体制が生まれれば、中国国内では本格的な内戦に発展しかねない。それは中国が最も恐れている事である。今後も中国政府とウイグル等の少数民族、そして世界のイスラム勢力を取り巻く緊張状態が緩む事はないだろう。