2013年11月3日日曜日

ウイグル族の天安門突入事故から読み解く中国の宗教思想  

ニュース概要

 10月31日に、北京の天安門の前に車が突っ込み、巻き込まれた42人が死傷した。中国の警察当局はウイグル独立派組織による組織的なテロだと断定し、容疑者5人を拘束したと発表した。



このニュースの背景(Why?)

 11月9日から開催される、中国の中長期方針を決める共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)を前に、ウイグル族による開催地での暴動は、習政権に大きな衝撃を与えた。中国政府はさらなるウイグル族への取り締まり強化を宣言しているが、本稿では、そもそもなぜウイグル族と中国政府が喧嘩しているのかについて触れてみたい。



背景1:ウイグル族による独立問題 〜中国政府による宗教弾圧〜

  新疆ウイグル自治区は中国の西端に位置し、人口約2000万の半分がイスラム教徒のウイグル族で占められている特殊な地域である。中国が王朝だった時代から独立と従属を繰り返してきている歴史があり、1949年に中国共産党が政権を握ってからは「新疆ウイグル自治区」という名前で完全に併合されている。



図 新疆ウイグル自治区の位置
(引用)The PAGES(11月1日)
http://thepage.jp/detail/20131101-00000002-wordleaf


 中国はの建前上、宗教を否定する社会主義国家(※)なので、イスラム教を信仰するウイグル族の活動について常に監視下に置いている。また、現在中国政府は、新疆ウイグル自治区に大量の漢族を移住させ人口比を逆転させようとしており、政治や経済といった重要な分野では漢人が大きな影響力を持っている。このため一部の住民は中国の統治に対して強く反発し、中国からの分離独立を主張している。

 ウイグル族への圧力は年々強くなる一方で、自治区の治安悪化が問題になっている。一部の報道によると、今の自治区は、礼拝にいくだけで、コーランを持っているだけで、テロリスト扱いされる社会としている。小学校の児童に「ラマダンで断食をしないように」と教え、ウイグル族の学生が鉛筆削り用のナイフを持っているだけで、警察に尋問を受けるらしい。こんな息苦しい社会で暴動が起きない方が不思議である。

※用語:社会主義とは
 社会主義(socialism)とは、「社会の不平等をなくす」ために、私有財産を制限または廃止し、生産手段を(営利目的の)民間企業が持つのではなく、社会(国)が公共のために生産を行う社会を作ろうとする思想または運動のことである。欧米や日本と異なり、市場経済を国家によって統制しようという思想が柱となっている事が大きな特徴で、端的に言えば「大きな政府」を目指す社会である。


(背景1の背景:中国にはなぜ宗教がないのか)

理由1:マルクスによる宗教否定
 前段で、中国は社会主義国家であると述べた。19世紀、社会主義思想の父であるマルクスは、労働者が資本家の搾取によってどれだけ苦しい生活を強いられても、宗教はそれを肯定し、宗教を信じることのみに救いがあるとし、苦しさを精神力で克服させようとしていると分析した。
 その上でマルクスは「宗教は精神のアヘンである」と表現し、宗教がある限り、いつまでたっても労働者の苦しい生活は根本的に解決しないとして思想を築いたことが、社会主義国家一般の根本にある。


図 カール・マルクス(1818〜1883)
(引用)Wikipedia


理由2:国家全体の思想統制
 中国に宗教がないもう一つの理由は、社会主義思想および国に対する忠誠的な思想を統一する必要があるためである。

 もし国民が何らかの宗教に忠誠を誓っていた場合、国家への忠誠・思想の統一は難しくなる。なぜなら、宗教にとって国境も国家も必要ないからである。つまり、信者である国民達は、政治に耳を傾けなくても聖典に耳を傾ければよいというスタンスを取る事になる(もし、国自体を宗教で治めようとするのなら、中東の多数の国の様に、大統領の上の最高指導者を宗教指導者とする必要がある)。

 国民の自由を著しく制限する社会主義は、国民全体が同じベクトルを持っていないと実現は不可能であり、中国は教育やインターネットの検閲を含めて思想(愛国心)の統一を図ろうとしている。むしろ、社会主義思想や中国への愛国心自体が宗教のようなものと言えるだろう。

※ただし、同国にも思想集団化していない、いわゆる土着宗教は存在する。例えば、地元の廟などにお参りしたり、旧正月に場所で爆竹で祝うしきたり等は地域によって見られる。つまり、日本のご利益詣出や季節を祝うときのような対象になる神は存在すると言える。


背景2:資源獲得としての支配

 ウイグル自治区は、原油や天然ガスの埋蔵量が非常に豊富であり、中国としては手の内におさめたい重要な土地である。現在、中国石油天然気集団(CNPC)など漢民族が経営トップの国有石油大手が開発に当たっており、これもウイグル族が不満を抱く一因となっている(ウイグルには資源の恩恵が享受できていない)。経済成長で資源が慢性的に不足気味の中国は、エネルギー安全保障の観点からもウイグル族の独立を認めることができない。



ニュース詳細↓ 

日本経済新聞(10月29日) ウイグル族、漢民族支配に反発 天安門突入
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2903Z_Z21C13A0FF2000/

日本経済新聞(11月1日) 中国政府、ウイグル族締め付け 反発強まる可能性も
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM31044_R31C13A0FF2000/



このニュースが意味するもの(So What?)

 ウイグル族の暴動は自治区内では「毎日数十人」が地元公安当局に取り締まられる程に増えている。しかし、中国政府は懐柔策に出るどころか、さらに力でねじ伏せるようなスタンスを強化していくと筆者には思われる。現に政府は今回の事件を「テロ」と認識しているのに加え、中国にとってウイグル族の独立問題は、ウイグル - 中国間だけに留まらないスケールの大きい問題だからだ。

多数の少数勢力との緊張関係  
 中国にはチベットやウイグル等の少数派勢力が数十存在する。もし一つの勢力に妥協したり、独立を認めてしまえば、少数派が一斉に中国政府に反旗を翻す可能性があり、中国はよほどのことがない限り、彼らの独立を認めることはないだろう。

手出しが出来ない米国  
 また、今回の事件で着目すべきは、「世界の警察」として人種問題にうるさい米国が本件に関し、何のコメントもしていないことだ。米国にとって、中国がウイグルを弾圧しているのは知りつつも、ウイグルを支持できないのは、彼らが「イスラム勢力」だからである。「テロとの戦い」と称し、イスラム勢力全体に敵対している米国は、ウイグルを支持すれば国際的な(特に中国から“矛盾”を指摘する)非難を浴びかねない。したがって、国際組織もなかなか口出しが難しく、そうなれば中国は強攻策を緩める可能性は高くないだろう。

中東のイスラム勢力との協力に対する懸念  
 最後に、イスラム勢力であるウイグルは、中東の過激派勢力とも今後つながる(既につながっている)可能性がある。もしそのような強力体制が生まれれば、中国国内では本格的な内戦に発展しかねない。それは中国が最も恐れている事である。今後も中国政府とウイグル等の少数民族、そして世界のイスラム勢力を取り巻く緊張状態が緩む事はないだろう。
 







1 件のコメント:

  1. "「世界の警察」として人種問題にうるさい米国が本件に関し、何のコメントもしていないこと"、この部分、なるほどと思った。毎度勉強になります。

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