2013年12月23日月曜日

ロシアを取り巻く勢力図の変化 〜「ウクライナ」と「シェールガス」の視点から〜

ニュース概要

 旧ソ連圏第2の大国のウクライナを巡り、欧州連合(EU)とロシアの囲い込み競争が激しさを増してきた。ウクライナを自らの経済圏に取り込もうと、ロシアはガス料金の3割引き下げや150億ドル(約1兆5400億円)にのぼる金融支援で合意。EUも支援額の積み増しに応じる構え。ウクライナのヤヌコビッチ政権はさらなる支援獲得を狙うが、両者をてんびんにかける外交姿勢に不信感も広がっている。(12/18日経新聞:ロシアとEU、ウクライナ支援合戦 ガス値下げや資金協力増額 より)



このニュースの背景(Why?)

 日本にとってはそれ程なじみのある国ではないが、ロシアと欧州の間に位置するウクライナという国が、最近世界の注目を浴びている。同国は現在、欧州からはEUへの統合および自由貿易協定への加盟を要求される一方、ロシアからは欧州とは逆に関税を中心とした保護貿易協定への加盟を求められているのだ。旧ソ連圏のウクライナがEU側に付くのか、ロシア側に付くのか、同国の決断を各国が真剣なまなざしで見守っている。しかし、なぜこの時期にEUがロシアとの対立を深めてまで、ウクライナにまで勢力を伸ばそうとしているのか。それについて、以下にて考察する。


図1 ウクライナの地図
(出典)Wikipedia

背景1:冷戦後も解消されないアメリカ圏 vs 旧ソ連圏の対立構造

 ウクライナは第2次世界大戦からソ連に取り込まれ、半世紀以上社会主義体制の下にあった。1991年のソ連崩壊によって、独立が認められ、念願だった民主主義を取り戻した。独立によりウクライナは、名目上ロシアと対等になったが、実際はエネルギーや経済(貿易)面でロシアに依存せざるを得ず、暗黙の上下関係は今なお残っている(日本とアメリカの関係に類似している)。したがって、ウクライナは中・東欧の国でありつつも、EUとは比較的疎遠であり、ロシアの息がかかった国なのである(因みに、現在のヤヌコビッチ大統領は完全なる親露派である)。

 EU内ではロシアは「戦略的パートナー」と位置づけつつも、勢力としての対立構造は存在している。冷戦が終結したあとも、アメリカ圏 vs 旧ソ連圏という構図は解消されていない。EUは「自由貿易協定」という言葉を切り口にEUへの加盟をウクライナに求めているが、内心は安全保障の面で同国をアメリカ圏側に取り込みたいのだろう。


背景2:米国におけるシェールガス革命

 背景1で、EUとロシアが暗黙の対立をしていると述べたが、最近までEUはロシアに向かって強くものを言うことができなかった。なぜなら、EUは天然ガス等のエネルギー面でロシアに大きく依存しているからである。
 
 欧州諸国はロシアからパイプラインによってガスを輸入している。そして、このパイプラインはウクライナを経由し、欧州に届くルートになっている。2005年にウクライナがロシアとガス料金の問題でもめた際に、ロシアが怒ってウクライナ向けのガスの供給を停止したことで、欧州はガス供給が滞り、大きな被害を被った苦い記憶がある。そのような事も含め、欧州はエネルギー面の「脱ロシア依存」が大きな目標となっていた(ウクライナも同様)。

 そこで現れたのが「シェールガス革命」である。米国において、2008年くらいから資源採掘における技術革新が起こり、膨大な資源量がありながらも経済的に取り出せなかった頁岩(シェール)中のガスを安価に取り出す事ができるようになった。そして、米国内のガス価格は一気に下落し、国内の発電燃料の中心を担うようになった。





図2 頁岩(シェール)
(出典)Wikipedia

 世界最大の天然ガス埋蔵量を誇るロシアは当時、シェールガス革命は米国内だけの話であり、自分たちのビジネスには影響はないとして静観していた。事実アメリカはFTAを結んだ国以外にシェールガスを輸出する意向はないと述べていた。しかし、シェールガス革命はロシアに対し、予想をしていなかった方法で影響を与える事になる。

 米国内でガス発電が主流になったことにより、それまで発電の半分近くを占めていた石炭発電の割合が数年間で40%を切るまで下がった。米国は石炭が豊富であり、そのため石炭発電が盛んだったが、シェールガスの台頭によりガス発電の方が低コストになってしまったため、アメリカの石炭産業は大きな打撃を受けた。

 そこでアメリカの石炭業界は、自国では石炭が売れないので、欧州に輸出する戦略を取った。これにより、欧州には安価な米国産石炭が大量に流れ込み、ヨーロッパ内の石炭マーケットの価格が一気に下落した。それにより、欧州では石炭発電の価格が下がり、石炭が発電の中心的存在になった。そして、ロシアからのガス需要は2010年以降30%近く低下した。つまり、米国とは全く逆の現象が起きたのである。

 これは、ヨーロッパにおけるガスの重要性(=ロシアへの依存度)が低下したことを意味する。要するに、パイプラインでガスを供給しているロシア(正確には国営企業であるガスプロム社)に対し、「もっと安くしてくれないと買わないよ」と(上から目線で)言えるようになった。

 それに追い打ちをかけるように、今度はポーランドやドイツ、そしてウクライナにおいて、米国ほどではないが、大量のシェールガスが発見された。これらの開発によって自国内でガス調達ができればロシアからのガスの重要度はさらに下がることになる。

日本経済新聞(2013年11月7日)ウクライナ、シェールガスを外資と開発 ロシアと溝深まる
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM06042_W3A101C1FF2000/


図3 世界のシェールガス分布図
(出典)米国エネルギー情報局(EIA)



 これに焦ったロシアは、現在、アジアに対するガスの輸出拡大に躍起になっている。特に、世界最大のLNG(液化天然ガス)輸入国である日本は重要なターゲットとしており、プーチン大統領が北方領土問題などで日本にすり寄る動き(これまでは考えられなかった“低姿勢”)を見せるなど、切迫感が垣間見える。

 このように、シェールガスの存在によって、昨今相対的なロシアの影響力が低下しつつある。この機を逃すまいと、EUは旧ソ連圏で同じ“脱ロシア”を目指す勢力を有するウクライナを仲間に引き入れようと動いたと考えられる。


背景3:反EU派勢力の伸長

 ロシアに対するエネルギー依存の問題は改善されつつも、EUはもっと大きな問題を抱えている。EU各国の中で、EUからの離脱を掲げる「反EU派勢力」の政党が拡大しているのだ。キャメロン首相率いる英国の独立党、仏極右政党の国民戦線、ギリシャの「黄金の夜明け」・・・オランダ自由党のウィルダース党首は英テレビ局に「当然、EUからの離脱を主張する」と公言している。

 欧州金融危機を経験し、一つの国(ギリシャ等)が信頼度を失うと加盟国全部がダメージを受けるというリスクが顕在化したことが主な理由だろう。このような内部分裂因子の拡大も、旧ソ連圏の大国かつ優等生であるウクライナの加盟推進に起因していると思われる。


ニュース詳細↓

日本経済新聞(2013年12月17日)EU・ロシア、ウクライナ問題で互いにけん制
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1700N_X11C13A2EB1000/

日本経済新聞(2013年12月20日)EU、中東欧囲い込み狙う 首脳会議 エネ・貿易 突破口に ウクライナなどに脱ロシア促す 
http://www.nikkei.com/article/DGKDASGM20055_Q3A221C1FF1000/

日本経済新聞(2013年12月20日)ウクライナの囲い込み意欲 定例会見 
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1904D_Z11C13A2FF1000/



このニュースが意味するもの(So What?)

 プーチン政権下のロシアは、周辺諸国(特に旧ソ連国)に対してかなりの高圧的な外交を取ってきた。しかし、今回のウクライナがEUに口説かれている件に関して、本来であればロシアは強引な態度(“ムチ”外交)を取る場面かもしれないが、ウクライナに対し先日150億ドルの財政支援を行うなど“アメ”外交に注力している。これは、来年に控えるソチ五輪を前に、世界に対し、自国の良いイメージをアピールしたいという思惑があるのだろう。逆に言うと、ロシアにとっては他国に対して強い態度が取りづらい時期とも言え、EUはそこにつけ込んでいるのかもしれない。いずれにせよ、“アメ”外交の勝負になる可能性が高い。

 米国で起きたシェールガス革命は、アメリカ圏つまり“西側勢力”に大きな力を与える事になった。米国はこれまで石油のほとんどは中等頼みだったし、先述の通りEUはロシアにガスパイプラインという首根っこをつかまれてきた。中東やロシアの西側諸国に対する存在感(力の強さ)は“エネルギー・資源供給国である”ことが全てといっても過言ではない。彼らに頼らずとも、米国内およびEU内でシェールガスというエネルギーが産出できることは、世界のパワーバランスの変化につながるだろう。米国は今後中東外交に対する注力度を減らし、アジア外交(TPP等の自由貿易)に重点を置いていく可能性が高い。




 




 

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